真選組の屯所の前で、ひょこひょこ動いてる小さな頭があった。
中の様子を窺っているのか、足を伸ばして中が見えないと肩を落とし、両腕を組んで唸っている。
傍から見れば挙動不審だ。
―――面倒だな
苦々しく思いながら煙草のフィルターを噛んだ時、土方は挙動不審の人物が誰であるかを悟った。
黒髪を揺らし、うんうん唸っているのは志村新八だ。
瞳には少し迷うような気配があって、中に入るかどうか悩んでいるように見て取れた。
―――更に面倒だな
しかし、土方はこれから屯所へ帰るところなのだ。避けて通れるわけもなく、新八の姿を見た今では無視もできない。
このまま回れ右をして新八が沖田とでも遭遇すれば、何かが起きるに違いない。
土方はそのまま歩を進めて、新八の頭の上にぽんと手の平をのせた。
「おい、ここで何やってやがる」
「うわああ!土方さん!?」
「お前、相当怪しいやつだったぞ、今」
「あーすいません。ちょっとですね、厄介?いえいえすいません、相談事がありまして」
新八は土方に向き合って、口をもごもごとさせた。言い出しにくいことなのか、口許を引き攣らせて視線は足元だ。
「で?相談事は?」
問うと、一瞬新八は迷うような素振りをしたので、土方はやっぱり回れ右すればよかったかと後悔の念に囚われた。
「俺に出来ねえ話なら、総悟でも山崎でも」
「いえ!土方さんがいいです!!」
弾かれたように顔を上げて、新八はきっぱりと断言した。
その即答に、まっすぐな視線に、土方は息を飲む。新八の言葉に、ついさっきの後悔も吹き飛んだ。
驚きのせいか、それとも圧倒されてしまったのか、思いのほか新八の言葉が胸に突き刺さったのか、土方は言葉を次ぐことが出来なかった。
ほんの僅かだけれども二人の間に沈黙が流れていく。
土方は焦ったように、言葉を次いだ。
「あ・・・じゃあ、どうする。入ってくか?」
「いえ、このまま僕の家に来ていただけるとありがたいです。・・・説明も省けますし」

新八の言葉に従い、彼の家へとついていった。玄関を通されて、縁側まで通される。
広い庭を臨むことができるひらけた縁側だった。庭木はあれども、手入れが行き届いていない。素人が行ったものだと一目でわかる。
おそらく、姉弟が見よう見まねで行ったのだろう。
この広い土地と建物を守るのは、この姉弟にとって、やはり大変なことなのだ。
それでも、この場には住む人間の人柄がにじみ出ているようで、土方は殺伐とした胸のうちに和みの感情が流れこんでくるように感じていた。
庭の大きな木の下で、白目を剥いて倒れている真選組局長、近藤勲の姿を見るまでは。


「・・・近藤さん」
土方はがっくりと肩を落とした。
毎日毎日志村妙のストーカーをしている局長は、今日も愛の追跡者となって、果てたのだろう。
「すいません、僕じゃあ運べないんですよ。変に真選組の隊士の方に話すのもどうかと思って・・・」
近藤が志村妙に想いを寄せていて、且つそれが尋常でないものだとは公然の秘密なのだが、こうもボロ雑巾のようにされた
局長を見れば隊士の士気にも関わるだろう。
「悪いな。・・・俺が運んでく」
「すいません、姉が・・・」
「いや、うちの局長が」
二人はお互いに申し訳無さそうにしながら、庭へ降りていった。土方は近藤を背に負い、新八は庭から勝手口へと道案内をするために土方を
先導する。
「近藤さんに伝えてもらえますか?この家、もう要塞になってるんで危ないですよって」
「わかった」
伝えたとしてもストーカーが止むことは無いかもしれないが、一応注意しておくかと土方は背中の重みにため息をつく。
「それでも、近藤さんは来るかもしれませんけど・・・」
「・・・そうかもしれねえ。もし、またこんなことがあったら呼んでくれ。引き取りにくる」
「わかりました。・・・沖田さんとか山崎さんとかだとちょっといけませんかねえ?」
沖田とて、山崎とて、近藤のことはよくわかっているだろう。しかし、事を大きくする可能性のある二人だ。
「一応、士気ってもんがあるからな・・・」
呼ぶのに相応しいのは、隊士でもなく沖田でも山崎でもないのなら、残るは自分ひとり。
「俺を呼んでくれ。わざわざ屯所に来る必要もねえよ。電話しろ」
「電話、ですか?」
「屯所にいることも少ないからな。携帯電話に」
「土方さんの携帯ですか?」
「ああ。今、番号渡す」
そういえば、携帯電話の番号を人に教えるのは初めてだと気付く。
土方の持つ携帯電話はあくまで幕府から与えられた仕事用のもので、面倒くさいからと近藤や沖田の番号も人に入れさせたのだった。
「わかりました、今度からここに電話しますね」
小さな紙切れを渡すと、新八はそれを大事そうに手の中に握り締めた。
それは紙が小さいから失わないようにという手の動きでしかないはずなのに、妙に照れくさい。
「大丈夫ですか?屯所まで」
「潰れやしねえよ」
心配しなくてもいい、と告げて勝手口を出た。新八は、勝手口から足を出そうとして途中で押しとどめた。
「今日も留守番なんですよ」
「ちゃんと戸締りしておけよ」
土方は、一度だけ新八の方を振り返った。
新八は携帯番号の書かれた紙切れを持った手を胸元で握り、立っている。
何と声をかければいいのかわからず、土方は彼に背を向けた。無言のままその場を立ち去ろうとする。
しばらく、新八の視線を感じたけれども、振り向かなかった。
どんな表情をして、どういう行動をすればいいか、わからなかったから。









お互いに、微妙な距離感に戸惑ってる。
携帯は仕事用ということで。



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