乾いた音が、頬で鳴った。

土方が、自分が新八に叩かれたのだと気付いたのは、一拍の後のことだ。
今まで、幾度と無く死地を乗り越えてきた自分の反応がそこまで鈍かった理由は、まさか新八が平手で殴ってくるとは思ってみなくて驚いたというのがひとつ。
そして、意外にも新八の力が強かったからだ。

打たれた左頬を、右の指先でさすってみる。
ほんの少しだけ痛みが走ったが、仕事中にいつも受ける傷と比べると格段に小さな部類に入る。
意外に力が強かったと言っても、やはり相手は16歳の男子でしかないのだ。
いつも土方が相手しているような輩どもとは違う。
ずっと剣道を続けているというが、その体は年齢よりも華奢に見える。
ぎゅっと握った拳を垂らし、肩を震わせている姿は、子どものように小さく見える。体全体が小刻みに震えていて、前髪の毛先も揺れていた。
「土方さんのっ・・・バカっ・・・!!」
声も、震えていた。
顔は見えない。土方を打ってから、ずっと俯いてしまっているのだ。
黒い前髪とメガネと顎だけが、僅かに覗く。それだけしか見られないことが、土方にはすごく惜しいと感じられた。
顎を手で包み込んで、顔を上向かせて、その表情全てを感じ取りたい。
きっと極上の味がする。
確信めいた予感がしたが、今はそんな雰囲気ではなかった。
新八の言葉には怒気が孕んでいたし、全身から憤懣の気が発している。
こんな時に艶事に繋がるような行為をすると、新八はますます臍を曲げるだろう。
外見の柔和さから考えられないほど、新八は意固地なところがあるから。
「連絡をくださいって、言ったでしょう?」
「ああ」
言っていたなあ、と思い出す。確かに、仕事に行く前までは覚えていたことも、思い出す。
そこから先の記憶はどうだったか、とんと見当もつかない。確かに新八のことを思い出していたことだけが、頭の中に残っている。
「なかなか帰ってこないし。連絡も来なくて」
「ああ」
「また行ってしまうって、・・・逃げて行くんじゃないかって、思って」
「・・・・・・ああ」
前に、何度も逃げたことがある。
新八と向き合うことが・・・自分の気持ちと向き合うことが、出来なくて。
自分の欲望を御しがたくて、わざと新八から逃げたのだ。
結局は、“逃げるのですか”と言われて、売り言葉に買い言葉的に、新八に自分の思いを暴露してしまった。
後悔はしていない。
想いを発したあの時に、土方はもう逃げないと心に決めたのだ。
ただ、その決意は誰にも言わなかった。自分の中で決めたことで、新八には何も言っていない。
それは言葉に出さずには伝わらない想いだ。
だから、結果的に新八を不安にさせた。
新八が土方をぶったのも、全ては土方が悪いのだ。 平手打ちは甘んじて受けるもので、重要なのは、もう新八を不安がらせないことだ。
「今、帰った」
照れを隠すようにぶっきらぼうに言うと、新八は地面に視線を落としたまま大きく頷いた。
「心配、したんですから!」
声を張り上げる新八に、返事するかわりに頭の上にぽんと手を置いた。指を動かしてわしゃわしゃと髪の毛をかき混ぜる様に触れると、くすぐったいのか新八の肩が大きく震えた。
「・・・っ・・・おかえり、なさい・・・!」
今度こそ、土方は新八の細い首を両腕で支え、顔を上げさせた。
もちろん抵抗はあったが、新八の弱いところは知り尽くしている。そっと撫でて力が弱まった隙を突いて、視線を交わらせた。
新八は、成すがままな状態が悔しいのだろう。歯を食いしばるように口唇を真一文字に結び、鋭く土方を見上げていた。
しかし、その頬は土方が思っていた以上に紅く染まっていた。
「新八」
極上の予感に、自然と声も甘くなる。
土方の些少な変化に気付いた新八の頬が、一層朱に染まった。今から起こりうる事柄が頭に浮かんで、思考とはまったく結びつかぬままに身体だけが素早く反応を起こしていく。
土方もまたその瞬間を見逃さず、彼の口唇に静かに口唇を落とすのであった。











”土新続き物”(シリーズ名とかつけたほうがわかりやすいかな)の、後日のお話。
土方さんのヘタレっぷりも、艶っぽさ(?)もオチもどれもかも中途半端に出来上がりました(爆)
今度こそは、ヘタレで!(それかいィ!)



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