それは、シンプルな封筒だった。
表面には何も書かれていないが、中身が詰まっていて封もしてある。
学校の図書室のカウンターで図書委員として座っていた姫乃は、本と一緒に出された封筒を目にして
「ん?」
と首を傾げた。
本を出した同じ学年の男子生徒は、カウンターとは真逆の方向を向いている。
「あのー?」
姫乃は、封筒を手にして男子生徒に声をかけた。
きっと何か別の用途で使っている封筒を間違って本の上に置いたのだろう。
姫乃はそう思って、
「この、封筒は?」
問うと、男子生徒は小さく「あっ」と言って、姫乃に向かって手を伸ばした。
「それは、こっちのもんです」
「あ、はい」
伸ばされたその手に封筒を渡すと、隣に座っていた図書委員の女の子が本の貸し出し処理を手伝ってくれた。
「ねえ、あれって桶川さんへのラブレターじゃないの?」
「ええ!?」
女の子に小さな声で告げられたのは、男子生徒が図書室を去ってすぐのこと。
「だって、あんな風に手紙置くと思う?」
「違うと思うんだけどなあ。宛先も書いてないし」
「ええー?私はてっきり桶川さんに愛の告白!だと思ったけど」
言われて初めて、姫乃はあれが自分宛であったという可能性があったのだということに気がついた。
「そんなことは無いと思うよー!」
そんな考えにまったく辿りつかなかったなあと姫乃は変な方向で、感心してしまった。
その女の子の鋭さと、自分の鈍さに。
「ヒメノ、帰るぜー」
帰り支度をしていた時に声をかけてきたのはエージだった。
バットを手に、今日も野球部の練習に乱入してきたと胸を張ってやってきた。
「今日はどうだった?」
「カーブがうまくなってきやがったんだ、加藤のヤツ」
二人、他愛無い会話をして帰る。この会話は周りから見ると姫乃の独り言に聞こえてしまうため、ひそひそと。
「そうそう、今日ね。ラブレターを」
姫乃が今日の図書室での出来事を面白おかしく話そうとしたとき。
「「ラブレター!?」」
ハモった声が聞こえた。
「ひめのんラブレターもらったの!?」
「マイスウィートが狙われている・・・!」
姫乃とエージが振り返れば、そこには口を開けっぱなしにした明神とハンマーを手にしたガクと呆れた表情のツキタケがいた。
「明神さん!?ガクリンもどうしたの!?」
「いや、オレは帰り道で!」
「ひめのん、迎えに来たよ」
どう考えても明神のは嘘だ。ガクのは本気だろうが、とエージは思った。
「それよりラブレターって何??ひめのん!!」
明神は心配そうな面持ちで姫乃に駆け寄ろうとし、ガクがそれを阻む。
「これ以上ひめのんに近づくな。これ以上ひめのんに虫がつかないようにする」
明神の目が鋭い光を湛え、ガクがゆらりと体を揺らしてハンマーを構えた。
「あーあ、またですかアニキ」
「ったく、コイツラ・・・」
子ども二人は呆れ気味で、ひめのんは頭を抱えてしまった。
「で、ねーちゃん。ラブレターが何?」
「もう、本当にラブレターだったわけじゃないんだよ」
ため息と共にそう吐き出して、姫乃は明神とガクの間に割りこんで行った。
「二人とも、やめなさい!何で喧嘩になるのか知らないけど、こんなとこで喧嘩したら迷惑でしょ!?」
手を腰にあてがい、胸を逸らしたその姿は、二人の喧嘩を止めるための姫乃のワザだ。
「・・・はいv」
大抵ガクが先に姫乃の言うことを聞いて、喧嘩は次に持ち越される。
今日もいつもどおり。
「帰ろう!」
「はいv」
「はい」
「でさ、ひめのん。結局ラブレターって何」
「別になんでもないですって!・・・もしかしたら、ラブレターだったかもしれないって話!」
「?」
ただ、それだけです!と姫乃は笑った。
さっきまで往来での喧嘩のことで怒っていた姫乃の笑顔に、一緒に帰っているうたかた荘のメンバーも頬が緩む。
彼女が笑顔で言うなら、些細なことなのかもしれない。
そう思ったが、しかし。
「・・・ひめのんにラブレター!?敵はうたかた荘の中だけじゃないのか!」
と管理人が言っていたとか。
「ひめのんにラブレター・・・恋文・・・」
とガクが呟いてたとか。
「ひめのに変な虫がつかにようにしねーとなー」
とエージが唸っていたりとか。
「ねーちゃんもてるんだな」
とツキタケが言ってたりとか。
そんなことがあったそうな。