一瞬
いつも袴に隠れている手足が惜し気もなく太陽の下に晒されていた。
もともとの色が白いせいでなまっちろい印象を受けるが、道場の長男だけあって鍛えてはあるようだ。
色は白いものの筋肉はほどよくついていて、剣の練習を欠かしていないであろうことが窺える。
それでも沖田が日頃目にしている真選組隊士に比べれば華奢でならないのだが。
一瞬、沖田の気を奪うのには充分だった。
沖田は新八を見て、面食らったかのように目を円くした。刹那、意識すらどこかへ旅に出た。
体もその活動を止めてしまったかのように足は動かず、心臓も止まっていたのではないかと疑うほどで、呼吸すら忘れていた。
それは、確かに“隙”と呼ばれるものであった。
剣士としては許されざることであろう。いくら一瞬だとて隙を見せれば命を落としかねない死地に存在せねばならぬ男の、確かな失態である。
しかし、沖田はそれを重要視していない。
寧ろ心躍る楽しいことと捉えている。
真選組随一と謳われた自分が、一瞬でも油断を許し、心奪われるとは。
今までそんなこと数えるほどしかなかったのだ。
彼の中を占めるのは真選組と荒くれ者たちを引っ張ってきた局長と、呪い殺そうと考えている副長と。それらが大半で、今まで女だろうと遊びだろうと夢中になったものなど、一つも無いのだ。
それが、今。
すべて奪われた。
「沖田さん、どうしたんですか?」
「それはこっちの台詞でさぁ。そんな破廉恥な格好して」
「破廉恥?定春にシャンプーしてるだけですよ」
一体何に驚くことがあるのだろう、と新八は首を傾げながら腕をさらに捲くろうとする。
「それは反則でさぁ」
「は!?」
「サッカーでいうところのレッドカードで退場じゃねえかィ」
沖田は新八の腰に腕を回し絡め、膝裏に片方の手を添えて彼を抱き上げた。それは軽々と、素早く。
新八は自分の体が浮いたことに気がついて、それからやっと沖田に抱きかかえられていると気がついた。
「!?」
声にならない悲鳴が響く。
常ならギャーとかワァァァーと喚く喉が、何故か凍り付いてしまって声すら出ない。それでも抵抗を試みようとジタバタもがいてみるが、沖田に敵う筈がない。
相手は、真選組の剣の使い手。
なす術もないままでいると、沖田がこれまた憎らしいことに軽い足取りで歩みだした。
男一人抱えているにもかかわらずビクともしない沖田に、新八は肉体と体力の差を痛感した。過去に一度、この男をKOしたことがあったはずなのに、今の沖田には手も足も出ない。
体が、動こうとしない。
「どこに行く気ですかァ!!!」
「俺の部屋に決まってるじゃないですかィ」
「!!!!!」
やっと出た声に返ってきた応えに新八は身を捩り、沖田の腕から必死に逃げようとする。さっきより遥かに力を込めているはずなのに、やはりささやかな抵抗でしかないようだ。
沖田は腕の中に新八を閉じ込めたまま、軽やかな足取りで屯所へと向かう。
こんな時に人は鼻歌なんか口ずさむのかもしれない、と沖田は思った。現在、彼を包み込んでいるのはいつもと違う高揚感。
強い敵と対峙したときとも、人を斬るときとも違う、まるで踊るような心地ですらある。
腕の中に新八を包み込んでいる今。
(これが楽しいっていうんですかねィ)
口の端に、深く笑みが刻まれた。
土方に向ける何かを企んでいる表情でもなく、他人を嘲笑する表情でもなく。
昔から沖田総悟という人物を知っている人間が見たら驚くであろう種の笑みが。