うたかた
冷蔵庫のなかに買ってきた食材を詰める。ぶーん、と冷蔵庫のうなりが耳に流れ込んできて、外の音が遮断されたかのように掻き消えていく。
目を閉じると、どこかに意識を飛ばされてしまいそうだ。
新八は、あえてその流れに逆らおうとはせず、手だけを動かした。
未だに体の中には熱が残っているような気がして、その熱を見失いたくなくて、すがるように委ねる。
「新八?」
突然降って来た声に、新八はビクリと体を震わせた。
驚くことなどないのに。万事屋にいるのだ、声をかけてくるのは銀時か神楽しかいない。
わかりきっていた日常のはずなのに。
「どうしました?」
「いや、帰って来るのが遅かったからさー。どこまで行ったのかと思って」
「計算機と戦ってたんですよ!最近は野菜も高いんです!やりくりするのは大変なんですから」
言いながら、銀時から視線をそらして襟をかきあわせる。
あの人は、いつも、見えるか見えないかギリギリの箇所に痕を残すから。
ついさっきだって、そうだ。
またギリギリのところにつけられた。
それを見られるとまずい。
ばれるかばれないかのスリルを君に、と言ったあの口は笑っていた。
君が男にヤラれてるなんて知ったら、あの人はビックリするだろうね。どう思われるかな?と言って目を光らせていた。
こういった思考こそが、痕を隠そうとする行動こそが、あの人の狙いだとはわかっているけれども。
・・・その思惑通りに動かざるをえない。
「ま、あんまり心配かけるなよー。神楽も心配してたんだから」
「おなかすかせてたの間違いでしょう」
会話を重ねていくうちに、さっきまでの熱が消えていった。
欠片もないほどに。
それは、嬉しいような、・・・寂しいような。
「じゃ、早くメシなー」
「はいはい」
頼むな、と言って銀時は部屋へと戻っていく。
新八は歩いていく銀時の背中に、手を伸ばそうとした。しかし、その手は銀時に届くはずもなく、届かそうとする新八の気持ちもまた中途半端で、結局だらりと垂れる。
自分の置かれた状況に、悲鳴を上げたいとも思う。助けを呼びたいと思う、それはかなりの羞恥を伴うものだけれども。
しかし、それと同時に。
自分がそれを吐露すれば、あの人は一体どうなるのだろうと考える。
黒い笑顔のあの人。
新八の脳裏に浮かぶのは黒い笑顔だ。
縛り付けられてしまっているのは、恐怖だけではない。
あの笑顔にも、また。
「新八ーご飯!」
「はーいはい」
明るい神楽の声に、新八は深淵に引きづられそうな思考を無理矢理引き上げた。平静さを取り戻そうと頭を振って、額に拳を当てる。
あの熱は、もう失われたのだ。
今はこの体に存在しないのだから。
「ご飯、作ろう」
新八の思考も体も日常へとかえる。
あとはもう、普通の日々だ。
山崎のことは、思い出さない。
今だけは。