神無月
土方は、煙草をふかしながら街中を歩いていた。
季節は移り変わり、ひどく肌寒い時期に突入した。外を歩けば、皆が一様に暖を求めるように着物を着込むようになった。
真選組の制服は、あいかわらず代わり映えがない。
夏こそ熱い制服だったが、この時期にはちょうどいい。もうすぐすればまた寒く感じるのだろうと、冬のことを考えて僅かに体が震えた。
今日、土方は一人だった。巡回でも何でも無いから、供をつけることもない。
特に大きな目的もなくぶらぶらと歩いていると、うんうん唸っている背中を見つけた。
男としては小柄な、黒髪の少年。
志村新八だ。
土方はわずかに口の端を吊り上げた。
街に出たのは特に大きな目的があったわけではないが、こんな期待は持っていた。
つい先日、向き合う覚悟をした相手と出逢うことを。
新八は魚屋の前で、並ぶ商品を睨んでいた。手には買い物籠を提げている。
今日の夕飯の買い物だろう。
あんなにも悩むということは、よっぽど財布の中が乏しいに違いない。
万事屋の財政難については、土方も何度か愚痴を零されたことがある。
16歳の少年が、万事屋の台所を預かるというのには大変な苦労があるだろうと思う。
あの甘党の銀髪と、よく食べる少女と、どでかい犬と。
あれが相手では、例え熟練の主婦だとしても太刀打ちは難しかろう。
それをこなしている新八のことを思うと、頭が上がらないような心地もするし、同情の念も生まれてくる。
そして、同時に理不尽な思いにかられる。
どうしてあいつがそんな苦労を背負わないといけないのかと。
やはり毎日を生きていく上で、生活というのが先ず一番に出てくるだろうが、それにしても新八は苦労しすぎだろう。
今もまた、あの銀髪やチャイナの娘や犬の顔を思い出して、やりくりをしようと思っているのだろうと考えると面白くない。
「おい」
普通に声をかけたつもりが、不機嫌さがにじみ出ていたかもしれない。
そう苦々しく思いながら新八を見ていると、彼は弾かれたように振り返って、土方に気付くと破顔した。
今まで熱心に睨んでいた魚には何の未練も見せずに背を向けて、駆け寄ってくる。
「土方さん!」
新八の赤く染まった頬が、土方の頬にも火をつけた。
嬉しさの溢れた素直な反応に土方は正直戸惑い、頭に血がのぼっていくを自覚して、これではいけないと口唇をキュっと噛んだ。
どこかでブレーキをかけなければ、この想いは土方十四郎という存在さえも脅かす。
それを、想いを抱いた時点で感じ取っていたからこそ、土方は彼から逃げようとしたのだが、もう遅い。
新八への想いを、自分自身の本当の気持ちであるということを、心で認めてしまったのだから。
恋焦がれる想いは土方の胸を焦がす。もうこの想いを消すことも他所にやることも不可能だ。
これを動かせるのは、新八しかいない。
新八はそんな土方の心中など知らず、彼に笑顔を向けた。
「土方さん、見回りですか?」
「ぶらぶらしてただけだ。お前は夕飯の買い物か?」
さっきまでの、刺々しい想いは霧散していた。新八の前で、そのような感情は露にしたくなかった。
嫉妬など。
恥ずかしくてみっともなくて外に出せるはずがない。
「今日も秋刀魚です!明日も秋刀魚です!秋刀魚が無くなるまで秋刀魚です!」
新八は怒ったかのように声を上げて、頬を膨らませた。
幼いリアクションに、やっぱりまだ子どもなのだと気付かされる。その事実はひどく土方の胸に沁みてくるのだけれども、これもまた、もう遅いこと。
「ずっと秋刀魚かよ」
「秋刀魚が高くなってきたら、どうしましょうか」
そう言って、新八は一瞬口ごもった。
不思議に思っていると、新八は一度視線だけを土方に向けて、目が合うと、すぐさま目を地面に落とした。
たかだか視線の移動だろうが、ひどく意味のあることに思えて、土方の胸が大きく跳ねる。
「土方さんは、秋刀魚好きですか」
「まあ、好きだな。大根おろしとマヨネーズを合わせて、喰う」
「またマヨですか!!?」
驚いたような、非難するような声音を発しながら上げられた新八の顔は、はにかんでいた。
「何の魚が好きなんですが?」
「ん?・・・そうだな」
問われて、気付いた。
“問われて”いるのだ。“好き”なものを。
これは、ただの世間話ではない。
“想い”の介在する、会話だ。
はにかみながらも、まるで世間話をするかのように問うてくる新八が愛しくてならなくなる。
ひどく揺さぶられていることに身を委ねれば、彼への想いがまた募った。
己の中のドス黒い感情が鎌首をもたげて、命を下す。
触れろ、と。
不意に、ひどく寂しげな音楽が街中に鳴り響いた。近くの施設から流れる、子どもの家路を促すメロディだ。
新八は、それにビクリと体を震わせて叫んだ。
「あー!もうこんな時間!」
言って、新八は魚屋のほうに視線を移したが、すぐさま土方を見上げてきた。
まるで迷っているかのようだった。
夕飯の準備を思い出し、焦ってはいるのだろう。それでも、新八は土方を見た。
「秋刀魚買ってこないと売り切れるぜ」
「・・・土方さん、ちょっと待っててくださいね!」
魚屋へ走っていく新八の背中を眺めながら、土方は自分の口許を手で覆って嘆息した。
どうして、こんなにも素直に反応してくるのか。
その反応のひとつひとつがこんなにも嬉しいのか、自分!?ああ嬉しいことだよな、オイ。
自分の中でそんな会話をして、馬鹿馬鹿しくなって自嘲した。
新八はこれから夕飯の準備があるし、自分だって仕事が無いわけではない。
これで二人、行動を別にするのが大人の行動だろうとわかっている。
けれども、ひどく名残惜しい。
「送ってく」
買った秋刀魚を籠に入れて走ってきた新八に、そう声をかけた。
「いいんですか?・・・ありがとうございます」
並んで、万事屋へ向かう。新八の買い物籠が二人の間に無いことだけでも、心高鳴る自分がいる。
二人交わすのはやっぱり世間話から派生した互いの話で、それがとてつもなく楽しい。
万事屋の看板が見えるようになって、どうしてそんなに近い所にあるのだと悪態をつきたくなった。
やはり、離れがたい。
もう万事屋は目と鼻の先だ。しかし、会話は終わりそうで終わらない。
切り上げてしまえばいいと思うのに、再び質問を返して、新八から発せられた会話にあいづちを打ち。互いに離れがたいのだと気付かされて、体の芯が熱くなる。
このままでは危険だと頭が警鐘を鳴らす。黒い感情がむくむくと大きくなってきているからだ。それはどうにかして回避したかった
この会話を切り上げて、早く離れなければ。
「新八」
名前を呼ぶと、愛おしさがさらにこみあげてくる。胸を満たす充足感が、端から飢餓感へと形を変えて絶えず新八を求めている。
ただ離れるのはひどく寂しい、けれどもこのままではいけないと思う土方がいる。彼が今出来ることは、せいぜい次に逢う約束を取り付けるくらいだ。
「新八」
黒い感情は、そのまま触れてしまえと命令してくるけれど、それには必死に逆らって、土方は口を開く。
この“会話”の続きを近いうちに、と約束するために。