弥生
「笹塚さん、今日も本当にありがとうございましたー!ししゃもと五目釜飯とチョコパフェがとっても美味しかったですー!」
私は車の助手席に乗って、シートベルトをつけながら運転席に座る笹塚さんにお礼を言った。あいかわらずのテンションで笹塚さんは煙草を手に顎を引いた。
今日は、笹塚さんが奢ってくれるというので、安くて美味しい釜飯屋さんにつれてきてもらったのだ。もちろんお酒は無し。私は未成年だし、笹塚さんは車の運転があるから。
お酒の飲めるお店だから、おつまみ系のメニューが多くて、ついお酒のメニューも見ちゃったりしたけど。
食べる量は、極力控えたつもりだ。いくら奢りだからといって我を忘れてしまったら、笹塚さんの財布に寂しい風が吹いてしまう。
今日は笹塚さんの奢りだったけれども、最近笹塚さんは美味しいお店によく私を連れてきてくれる。笹塚さんの食べる量より私が食べる量のほうが多いから、いつも自分の分は自分で払っているのだ。
「美味しかったなら、よかった」
笹塚さんはそう行って車を発進させた。
夜の街はイルミネーションが鮮やかだった。闇色の空によく映える。
店に来たときより車の量が少なくて、道路はとても空いていた。その分車の進みが早く、時間もまた早く過ぎていくような心地がした。
「笹塚さんは、よくあの釜飯屋さん行かれるんですか?」
「んー、まあね。それより、時間は大丈夫?」
笹塚さんは時計に視線を這わせて、訊ねてきた。
時計は10時を過ぎている。確かに高校生が帰宅する時間としては遅いかもしれない。いつもはもう少し早めに送ってもらっているのだけれど。
「まったく問題ないですよー。今日は母も遅いし、母に言ったら、たくさん遊んでいらっしゃいって」
母は、何故か神妙な様子で“ゆっくりしてきなさい”と言った。
何故か、私が笹塚さんとご飯を食べてくるねというと母の態度が違う。
最初の頃は、見るからに嬉しそうだった。“んー、もう”と言って私を小突いてきたりして、一体何を言いたかったのだろう。
しかし、最近は微妙な表情をするようになってきた。
諭すような風情で“いってらっしゃい”と言ったり、“笹塚さんも大変ね”と言うので“自分の分はちゃんと払ってるよ”と言ったら“そうじゃなくてね”と盛大にため息を吐かれた。
「なんか、母が最近微妙な顔するんですよねー。お土産持って早く帰ったのにため息とか。別に、笹塚さんとのご飯を反対してるわけじゃないですよ!母は笹塚さん素敵な人ねって!私もいい人って!」
「・・・そう」
笹塚さんは、まるでため息をついたかのように息を吐き出した。
「探偵事務所にいて、いろんな人と出会ってきたから・・・笹塚さんの優しいところ、すごい素敵だと思うんです」
笹塚さんは、表情を変えずに運転に集中している様子だった。私の言葉に対して反応は無し・・・?別に私は何もおかしなことは言ってないよね。笹塚さんはいつも表情を読みにくい。
車は、いつの間にか家の近くまで来ていた。笹塚さんは何度も家に来ているから、道も知っている。
私はなんだか安心して助手席に背中を預けて、目の前の風景を眺めた。
いつも見ている風景なのに、夜には表情が違う。
車のヘッドライトに照らされた道を見ていると、まるでどこまでも続いているように思えてくるから不思議だ。
「なんだか、前だけを見てるとどこまでも行きたくなりません?この道がどこまで続いているんだろう・・・とか考えて」
「へえ。弥子ちゃんはそう思うんだ」
「助手席で見てるからですかねー。なんか、映画の1シーンみたいで」
どこかで見た映画だろうか。そんな情景が浮かんでくる。
他愛も無い話の間に、車は私の家の前に着いた。母はやはり遅いらしく、家は真っ暗だ。
「笹塚さん、ありがとうございました」
私は、シートベルトを外して狭い車内の中で頭を下げた。
「・・・行ってみる?」
「はい?」
「この道路の先」
笹塚さんは煙草の火を消して、私を見た。
私がどういう意味なのかと首を傾げていると、笹塚さんはハンドルを握って正面を見据えた。
「いつまでもいい人ではいられないんだよ、俺も」
突然、重力がかかって私の背中は助手席に叩き付けられた。
笹塚さんが車を発進させたのだ。
車を運転する笹塚さんから、ひたむきさが伝わってくるようで、私は何も発せなくなってしまった。
ヘッドライトに照らされた道を車が走っていく。
この道がどこまで続くのか、私にはわからない。それを支配しているのは、私の隣で運転をしている笹塚さんだ。
車は、イルミネーションで色塗られた街の中へと吸い込まれていく。
二人を乗せて。