水無月




「みょーじん!」
アズミはぴょん、と明神の肩に飛び乗った。促すような響きを持つ声音に、明神は「おうおう」と応えを返す。
「ちょっと待ってろー。今準備するからな」
明神はテーブルの上においてあったサングラスをかけて、よいしょと一言、立ち上がった。肩に乗ったアズミを一旦地面に下ろし、コートを着込む。
コートの埃をさっと払っていると、管理人室のドアをすり抜けてエージがやってきた。
「おーい、まだか?もうそろそろ終わるぜ。それにガクが玄関でもう準備万端で待ってる」
「わかってるって。さ、行くか」
明神はアズミの頭に手を置いて、管理人室のドアを開けた。
すると、目の前には肩を丸めて恨めしげに明神を睨んでいるガクの姿があった。
「っとわー!!何してんだテメエ!」
「早くしろバカ!ひめのんが待っているんだぞ!この雨の中傘も無しに走って帰ってきて風邪でもひいたらどうするんだー!?」
「わかってるって、今行くからどけ!」
明神はガクを押しやるように管理人室を出て、玄関に降り立ち、傘立てから2本の傘を取り出した。一本は今から自分が差す物で、もう一本は姫乃のものだ。
朝はとても澄み切った綺麗な青空が広がっていたのに、午後からはひどい雨が降ってきてしまったのである。
姫乃が傘を持たずに登校した姿を見ていたうたかた荘の皆は、今から姫乃に傘を届けに行くのだ。
「アニキー行きましょうよー。ダンナより早く学校着きたいんでしょ?」
うたかた荘を囲む塀の上に立ち、ツキタケが声をかける。
「待てよ、今行くから」
明神はアズミを背負って傘を差した。
空には暗い雲が立ち込めていて、絶えず雨を振り落としている。傘に当たる雨が弾けて、うたかた荘に、木々に、地面に当たる雨が弾けて、歌を歌っているようだ。
「さー、行こうぜ」
エージの声に明神は一歩を踏み出した。ガクも、ツキタケも大人しくついてくる。
普通の人間は、生者である明神が傘を差して、手に傘を持つ姿しか見えないだろう。
学校の人間もまた、明神が一人で姫乃に傘を届けに来た様にしか見えないに違いない。
しかし、姫乃は明神が傘を持って、アズミとエージとガクとツキタケが一緒に迎えに来てくれたのが、見える。
そして、皆で一緒に、うたかた荘まで帰るのだ。

「マイスウィート!!!」
学校が見えるところまで着た所で、ガクが突然走り出した。それを追うように、ツキタケも走っていく。
「競争か!?」
その背を追いかけてエージが駆けていき、明神の背に乗っていたアズミが明神の肩を両手でどんどんと叩き始めた。
「みょーじん!早くー!!」
しょうがないなあとため息をつきかけていた明神だったけれども、まるで馬の歩みを急かすようなアズミのビンタと、自分の中にある負けず嫌いに突き動かされるように、傘を差したまま走り出した。
風の抵抗であまり早くは走れないし、道路の水溜りに足を突っ込んでしまって靴も裾も濡れてしまった。さすがに一旦止まろうと思ったけれども、目の端に人をバカにしたような笑みを浮かべたガクが飛び込んできて、今度は傘を折りたたんで思いっきりダッシュした。
背中のアズミは早いはやーい!と歓声を上げている。走ってきた明神に気がついたエージが負けずに足に力を込めて、足音で振り向いたツキタケは明神があっという間に距離を縮めてきたことに目を見開いて驚いていた。ガクはさすがにマズいと思ったのか、スピードを上げてきた。
すでに明神たちの横に続く塀は咲良山高校のものだ。
正面玄関まで、あと少し。
「って止まれねエー!!!」
正面玄関が見えたから止まろうとしたけれども、なかなか足が止まらない。それはガクも同じのようだったが、ガクは上手いこと角度をつけて正面玄関に飛び込んでいった。それを目で追うと、正面玄関の軒下に姫乃がいるのが見えた。
「ヒメノ!!」
アズミが声を上げる。ガクが姫乃のところへ一直線で駆けていく。ガクに気がついた姫乃が、顔を綻ばせた。そして次に明神に気がついて顔を上げて手を振ってきた。
明神の後ろからはツキタケとエージが追いついてきたところだ。明神は、なんとか正面玄関をほんの少し過ぎたところで、その足を止めることが出来た。
その手にしていた姫乃の傘を高く掲げて、手を振り返す。
姫乃もまた、手を振ってそれに応じてくれた。その笑顔はまるで花の咲く様に似ていて、明神の心を打つ。
どうしようもなく顔が緩むのを感じたとき、脇腹にツキタケとエージがタックルをかましてきて、それを予想だにしなかった明神はそのまま地面に倒れこんだ。
「ぷっ・・・!」
一瞬の静寂を破ったのは、姫乃の笑い声だった。
雨の歌に、姫乃の声がのり、重なり合い、耳に流れ込んでくる。
それに、ガクの笑い声やエージとツキタケの声も、アズミの声も。
倒れこんだ道路から冷たさが這い登ってきて明神の熱を奪っていき、振り続ける雨も容赦なく明神の体を濡らすけれども、胸に灯ったあたたかさまでは奪い去れない。
明神は倒れこんだまま声をたてて、うたかた荘の皆と笑い合った。
















霊のみんなは、雨にあたらないんでしょうか。
それはふと疑問に思ったんですけど。
たとえ当たらないとしても、姫乃は皆に傘を差してあげたいと思うのではないかなーと思いつつ。
これにパラノイドが加わるとまた違ったお話が変わりますよね。
そっちも書きたいなー。