屯所の一番端に、その蔵はあった。
それは元々その敷地内にあった古い蔵で、屯所建設の折に取り壊される予定であったのを真選組副長土方十四郎の希望により蔵取り壊しを中止した。蔵はそのままの形で現在も屯所の端にひっそりと鎮座している。

今日もまた、蔵には明かりが灯されていた。江戸にはすでに電気が普及しているが、蔵の中では蝋燭が使用されている。
蔵の中心に、大きな蝋燭が一本。
広い蔵を照らすには蝋燭一本では足りない。灯りは細部まで行き届かず、薄暗さを一層際立たせているようだ。
そんな中、蝋燭に照らされて大きくうねる人影が3つある。
真選組副長土方十四郎と、監察山崎退。
そして、手足を拘束された反乱分子のものだ。
半月ほど前に真選組が捉えた男で、とある組織の幹部クラスの人間らしい。真選組は仲間の情報を得ようと男を蔵の中に捕らえて尋問しているのだ。
蔵は古いだけあって造りは堅い。屯所の端にあり、どんな大声を出されても何があろうとも、外部に漏れる心配はない。
土方が蔵を取り壊さなかったのは、このときのため。
自ら尋問に立つ副長は、いつもの通り煙草をくわえ、反乱分子を睥睨した。
「で?何も吐かねえのかコイツは」
「ええ、何も」
山崎の応え。この不毛な会話も何度目かと、土方はじりじりと燃える蝋燭を見つめた。
どろりと垂れていく蝋。短くなっていく蝋燭。
反乱分子の男は半月経った今も仲間の居場所、組織の情報を一切しゃべろうとしない。
気のいい局長は、この男は組織の情報を持たないのではないか、と言ったが土方は譲らなかった。彼の、今まで培ってきた勘が働いたのだ。この男は何かしらの情報を持っているはずだ、と。
しかし、男が喋らないのでは意味がない。
土方は煙を吐き出した。大気に霧散する煙草の煙を眺め眇めつ、口を開く。
「山崎、明日の晩までに蝋燭と釘、用意するぞ」
ゴクリ、と息を飲む気配がした。それは山崎のものか、それとも反乱分子のものか。

緊張の糸がピンと張り詰め、蔵の中に沈黙が落ちる。
土方は煙草の煙をくゆらせながら、蔵を辞した。







翌日、山崎はホームセンターにいた。昨日土方に言われた通りに蝋燭と釘を買いに来たのだ。買い物は嫌いではないが、買っているものが反乱分子に対して使われるのだと思うと気が滅入る。山崎だとて真選組の監察という地位にあり、けして綺麗なまま今まできたわけではない。血生臭い中を必死に駆けて、今に至る。
けれども、それとこれとは別だ。自分はきっと副長の尋問の場にいて、それを見届けなければなるまい。過去にも、居合わせたことがある。
悲鳴、血の赤、垂れる蝋。
それらを考えるとどうしてもやはり気が滅入るのだ。
肩を落としたままふらふらと歩いていると、背中に声をかけられた。
「山崎さん、こんにちは。どうしたんですか?」
「やあ、新八くん」
山崎に声をかけてきたのは、志村新八という少年だった。万事屋にいる少年は山崎とは見知った仲で、時々市中を見回りしている時にも気さくに声をかけてきてくれる。そして難儀な上司を持ったという点で、妙な親近感を持っていた。
「今日は買い物に来たんだ」
手にしていたカゴをつい、と上げて見せる。カゴのなかには蝋燭と、釘。
「・・・蝋燭と釘ですか?」
「そう、土方さんがね」
言い差して、山崎は口を噤む。
これから先は言ってはならぬことと気付いたからだ。
蝋燭と釘を土方がどう使おうかなど、少年には関係ないこと。
「土方さん?日曜大工でもするんですか?」
似合わないなあ、と新八は眉をしかめて言う。
「確かにね、はは!」
作り笑いで誤魔化そうとすると、新八が首を傾げた。
「壁でも壊れました?でも蝋燭はいまどき何に使うんです?うちは、電気止められた時用に買ってますけどね・・・」
ため息交じりの言葉に、山崎は万事屋が家賃滞納中であることを思い出した。確かに電気が止められれば懐中電灯か蝋燭に頼らざるを得ないだろう。万事屋の場合は蝋燭を使用するのであろうが、この蝋燭はそんな時のものではない。今日、あの蔵の中で使ってしまうのだ。
「山崎」
不意に、声が響いた。
空気すらも斬ってしまいそうな鋭い声に、山崎は自然と姿勢を正す。
背後から、殺気めいたものを発して土方十四郎が近づいてきている。
新八は不穏な空気に気付かないまま、土方に頭を垂れた。
「土方さん、こんにちは」
折り目正しい少年は、丁寧に挨拶をする。
「土方さん、日曜大工でもするんですか?」
無邪気な問い。
土方の仕事が政府の犬と呼ばれる武装警察と知っていながらも彼は親しげだ。真選組の隊服に恐れを抱かず、駆け寄ってくる。
性質が悪い。
その行為によって、土方はどれだけの懊悩を抱えることになっただろう。日々精神力を削って欲望に抗って、どれだけ苦しい想いをしていると。
開放されたいのだ。
この想いから。
この想いも、向けられる笑顔も全部消えてしまえ。


「教えて欲しいか?」
地に響くような低く冷たい声音だった。
普段の声音とはまったく違う。山崎はそれが拷問中に見せるような“鬼の副長”としての声だと気付いていた。
新八ははじめて聞く土方の声にきょとん、としている。
「その釘を、足の甲に刺すんだ」
「え?」
目を大きく見開いて驚いている新八に、土方は蝋燭と釘の使い道を伝える。それは16歳の健全な少年には残酷な話だろうとはわかっていたが、土方は迷うことなく新八に真実を告げた。
これで、新八は隊服に恐れを抱けばいい。
無邪気に駆け寄ってくることのないように。
自身に笑顔など見せることのないように。
これは新八を遠ざけるためのいい機会なのだと。
「足の甲に刺した釘に蝋を垂らす。どうなるかわかるか?」
新八の顔から笑顔は消えていた。目は驚きに大きく見開かれている。
「蝋は釘を伝い、皮膚へと到達する」
それは、拷問の方法だ。
自白させるために、国の安全のために、土方は実行するのだ。人がけしてやりたがらない役を。
「俺たちがやっていることは、そういうことだ」
言い放ち、新八の表情を窺えば、顔がすっかり青ざめていた。
口唇は僅かに開いていたが、言葉が告げぬのか動く気配はない。茫洋とした表情のまま固まってしまっている。
土方は、無言のまま新八に背を向けた。
新八も山崎も動く気配もない。
沈黙だけが場を支配していた。

―――これでよかったのだ。
遠くへ視線を走らせて、土方は歩を進めた。
歩くたびに新八との距離が開いて、二人の距離は離れていく。
これで新八は不用意に自分に近づくことはないだろう。
無邪気に笑顔を振りまいてくるようなこともあるまい、自分に声をかけてくることも無くなるだろう。
これで自分はもう幻想に惑わされることはないはずだ。
覚束なさとも、心もとなさからも開放されるはずだ。
胸の中で渦巻く感情を自身から切り離すことが出来るはずだ。
新八への想いを全て切り離す事が出来るはずだ。













申し訳ございません、続きます〜
土方さんは、どうなってしまうのでしょうか・・・←(テメーが考えてるんだろうがっ)


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