屁理屈
困った大人たちばかりで。
けれどもあの人たちはまっすぐだから、大好きなのです。
神楽はソファに寝転んでジャンプを読み耽っている銀時を見下ろした。気配でそれを察した銀時が、ジャンプはそのままに神楽に声をかける。
「どうしたー?神楽」
「銀ちゃん。欲しいものあるネ。お給料」
「あー、はいはい」
神楽の差し出した手に銀時がおいたのは、酢昆布。
お金でもなんでもない、駄菓子屋で購入できる酢昆布であった。これは神楽の大好物ではあったが、こんなものがお給料であってたまるかァ!と神楽の瞳が剣呑な光を帯びる。
まともに給料を貰ったことが無く、先月の給料も酢昆布だったことを思い出して神楽の怒りが沸々と頂点へと上り詰めていく。
「また酢昆布かーー!」
神楽は手刀をジャンプに振り下ろした。ジャンプの下に位置していた銀時の顔に、ジャンプが落ちてくる。物凄い力のかかった状態で。
「うおわァァァ!」
「また酢昆布アルかー!」
「ちょ、神楽、何するんだ!ボーボボとキスするところだったじゃねえかよ!あー危機一髪」
「知らないアル!給料また酢昆布アルかー!」
「お前しっかり酢昆布ポケットに入れてるだろーが!」
ギャーギャーと言い争いが始まったのを横目で見ていた新八は、深々とため息をついた。言い争いや喧嘩は日常茶飯事のことで、止める気もすでに失せている。階下のお登勢さんに怒鳴られなければいい。
神楽が腹を立てている給料問題も日常茶飯事なのだけれども、それよりも逼迫しているものがある。万事屋の経済状況だ。
家賃は滞納、育ち盛りの少年が一人と大食い少女が一人、糖尿寸前の甘いもの好きが一人、の家計はかなり苦しい。
「銀さん、食費くらいは出してくださいよー。ごはん作れませんよ」
「新八、俺はパフェね」
「甘いモン控えろって言ってるだろうがーー!!」
結局、こうやって新八も加わっての言い争いが始まる。
「今日のご飯はお米だけですからね!しかも2人前しかありませんよ!!」
「ふりかけは!?タクアンも無いアルか!?」
「昨日ので全部だよ、神楽ちゃん」
からっぽの冷蔵庫を思い出し、新八は肩を落としてヤレヤレと頭を振った。万事屋の家計を預かる身として、というよりは新八以外の人間にお金を管理しろというのが無理なのだが、ともかく台所を預かる身としては、給料も大事だが何より生きていくために食費が必要なのだ。
「今日はどうしよう・・・」
「やあ!新八君。ハーゲンダッツはどうかな!?」
突然万事屋に響いたのは、第三者の声だった。
その男は黒い服を着て、腰には刀を佩いている。廃刀令が発せられた現在、刀を持つことが出来るのは幕臣のみ。
その男の名前は近藤勲。
武装警察『真選組』を纏める局長、その人であった。
「近藤さん?姉上はいませんよ」
幕臣である近藤勲であるが、万事屋における位置はあくまで“志村妙のストーカー”であって、敬われるということはけして無い。
「この人ァ、周りから固めていく作戦に出たんでィ」
近藤の後ろから顔を出したのは同じような服に身を包んだ沖田総悟だ。彼は早くも神楽に睨まれて、口許にうっすら笑みを浮かべている。
「また来たアルか」
「近藤さんについてきたらブチ当たっただけでさァ。茶は?」
「すぐさまお茶要求かよ、客ヅラかよ!」
ツッコミながらも、下僕の性か新八の体は台所に向かっている。
歓迎されているわけではないが、追い返されることも無いと察した近藤と沖田は、すぐさまソファの腰を下ろした。
「おいおい、さっさと帰るぜ。近藤さん」
呆れたように声を発したのは土方だ。紫煙を吐き出しながら、近藤と沖田に目を細める。
「あ、今お茶用意しますからー」
すぐさま帰ろうとした土方だったが、新八はさっさと台所に行ってしまった。陶器の音が3つ聞こえて、湯呑みを人数分用意したのだと告げてくる。
土方は煙草のフィルターを少し噛んで、ソファに腰掛けた。
「近藤さん、早く済ませろよ」
そう言いながらソファに長身を埋める姿は、新八の茶を飲んで長居する気満々の風情を醸し出していた。
「で、今日はどうしたんですか?」
律儀に3人にお茶を出して、新八は近藤に訊ねた。お妙のストーカーである近藤がお妙に関係ないことで万事屋に来ることは珍しく、更に言うなら真選組のトップ3人が万事屋に集うことなど今まで無かったことだ。疑問に思わないわけがない。
「将を射んと欲すれば先ず馬を射よってやつだよ」
呆れたように肩をそびやかしたのは土方だ。万事屋に来てから2本目の煙草をふかしながら、茶をすする。
「で、ハーゲンダッツを僕に」
「おー、ゴリラ、いい事するじゃねえか」
すでに銀時はハーゲンダッツのアイスを半分以上平らげていた。甘いものに目の無い、空腹な男がこれを見逃すわけがないのである。
近藤はワナワナと震わせた指を銀時に向けた。
「これはお妙さんと新八君に持ってきたんだぞ!」
「多串くん、ちゃんと仕事してるー?ゴリラが逃げ出してきちゃってるよー?」
「てめー!」
気色ばんだ土方は立ち上がって腰の剣の柄に手をかけた。
「ああん?ハーゲンダッツ一つで小さいねー真選組も」
「なんだとー!!トシは小さくないぞ!」
「なんの話だコラー!!」
勃発。
大人三人はギャーギャーとなにやらワケのわからない話を始めてしまった。
「何やってるんすか!!」
新八が叫ぶが、三人が言い争いをやめるわけがない。沖田と神楽は3人の取っ組み合いを止める気などまったくなく、傍観者を決め込んでいる。
「ったく、しょうがないねィ」
「しょうがない大人たちアル」
呆れたような目をしながらも、それでも一緒にいる。
しょうがない大人たちと。
「アイスが溶ける前にいただきますかィ」
「アンタのじゃなくて、僕のもんですからね!」
「何言ってるネ。新八。バニラは私のアル!」
しょうがない大人と一緒にいて、彼らの背中を見ている僕らはどんな大人になるんだろう。
それは、わからないけれども。
大人たちみたいに真っ直ぐでいたいと思うのです。